認知症と投資を掛け合わせた情報提供は、おそらくこのウエブサイトだけかもしれません。
なぜなら、認知症症状を表面化させない取組には、とりもなおざず投資家スピリッツが欠かせません。
年老いた親御様の在宅介護に取組むにあたって、未だ世の中の情報はその行為にネガティブなのですから、当然、為すべき行動はその逆張りに徹するのが王道です。つまり、その行為はポジティブさしかない現実を受け入れたほうが断然、お得なのです。
ハッキリ申し上げて、これを知らないと人生大損です。ちまちまとNISAなんかやるより、よほど、リターンは大きいのです。
責任を持つなら成功裏を収めよ
物事を成し遂げる時に、その決断が正しいのか、間違っているのか。
気になるシチュエーションに遭遇するのは、日常茶飯事かと思います。
基本的に、人生は何事も手放していくプロセスです。
これは、在宅介護を経験すれば、否が応でも理解します。そして、年老いた親が言葉にせずとも教えてくれます。
見えなくなる、聞こえなくなる、食べられなくなる、動けなくなる、出来なくなる・・・。
不可能しかない山に囲まれるようです。
例えば、昨日まで元気だったのに、今日になって末期がんが発見されたとしましょう。
すでに健康を失っていたのですが、気づかなかないままに、健康を手放さざるをえない状況に陥ることも普通にあります。
喪失ばかりの人生プロセスの中で、何かを成し遂げようとするのですから、成功にむけた条件が整っていなければ、喪失の濁流に飲み込まれてしまうのが当然です。
特に、年老いた親御様の在宅介護の責任を担うのですから、世間のネガティブな情報に左右されている場合ではありません。
責任を持つ以上、その行為を成功裏に収めなければ意味が無いのです。
つまり、親御様の在宅介護を担うというのは、どういうことなのか。
それを明確に知っていただきたいのです。
親御様への在宅介護は最高の投資です
まだまだまだまだ、年老いた自分の親の介護なんて面倒であり、まっぴらご免という人は非常に多いです。
だから、人生が上手くいかない、仕事も上手くいかない、投資も失敗する、NISAで身動きが取れなくなる、という状態に陥ります。
面倒だから。
誰もやりたがらないから。
そういう事象にこそ、目をつけて取り組む。これが、本当の≪ 投資 ≫、なのです。
いわゆる経済的な投資の格言で、≪ 人の行く裏に道あり花の山 ≫というフレーズがあります。
先般も米国トランプ大統領の政策による株価急落局面がありましたが、動揺している場合ではないのです。
下げ基調のトレンドに建玉する。
下げ止まりを待つ。
常に、≪ 人の行く裏に道あり花の山 ≫というフレーズを、自分なりの確固たる指針としてナチュラルに行動に移せるように日頃からトレーニングをしていないければいけないのです。
そうでなければ、マーケットの世界から瞬時に退場させられます。
すでに鬼籍に入られていますが、私の尊敬する投資家のひとりから学んだ言葉を引用すれば、≪ 失敗すれば、明日から乞食になるのが投資家 ≫というフレーズがあります。
実は、年老いた親御様の在宅介護に取組まず、目先の楽な道を歩めば、これとまったく同じことが生じます。
簡単な話です。
例えば、死を知らずに死を迎える。
だから、死ぬのが怖いのです。投資で損切しなければいけない場面で、損切りできないメンタリティとなんら変わらない心境です。
年老いた親御様の在宅介護の本懐は、親御様がそれこそ命を懸けて、介護する子に死を教えるプロセスです。
死を知らないことが、投資とどう関係があるか?
だから、≪ 人の行く裏に道あり花の山 ≫というフレーズを人生に活かせません。
それが自力で見抜けないうちは、投資の世界で生き残り続けるのはムリです。
在宅介護はハイ・リターンが約束された確実な投資
投資経験ゼロの人が株式投資を始めたとしましょう。
おそらく、将来に株価の上昇を期待して、企業の株式や、投資信託といった対象にお金を投資するかと思います。
固定的なお金の価値から、価値が変動する玉(ぎょく)という形に変わった瞬間に祈りが入ることでしょう。
≪ 期待通りに上昇して欲しい ≫
その思考や心構えだから、負けるのです。
多くの人は、人生に期待しながら生きています。
でも、もし、今、あなたが年老いた親御様の在宅介護をしていて、その親御様の人生に何が期待できますか?
年老いているから、期待ができないのではありません。
人生には、期待が成り立たない。
それが如実に見えてこないといけません。
なぜなら、明日に亡くなるかもしれない人に、明後日に何を期待できますか?
つまり、人生は期待通りになどなるわけがない。
これが骨の髄まで理解すれば、上昇を期待して株を買うという行為はナンセンスだと判ります。
期待通りにならないから、損益を含んだらすぐに手仕舞いしよう、利益がでれば積み重ねるために手仕舞いしよう。つまり、終わり(手仕舞い)を非常に意識するのが投資の王道です。
年老いた親御様の在宅介護も同じです。
最期を意識するところが重要です。
感謝してお別れができるように、いま、何を為すべきか。
いま、為すべき善い行為が、親御様への感謝になるのですから、経済的な投資の言葉を使えば、この瞬間に含み益を蓄積しているのです。
だから、年老いた親御様の在宅介護は、結果としてハイ・リターンしかないのです。
人として為すべき行為を当然のこととして取り組んだ実績が、心に消えることなく積みあがります。
期待は成り立たない。
年老いた親御様の在宅介護の責任を担うと、嫌というほど骨身に染みます。
だから、今を生きる。今、この瞬間にしか意味が無いのを理解します。これは、投資を生活に取り入れるならば、必ず携えるべき心構えです。
損することばかりではありません。期待が成立たないのに、望む以上の結果がもたらされる場合も同じです。その結果を捕まえて、浮かれたら足元をすくわれます。もたらされた結果を踏まえて、さらに為すべきことは何か、それを考えなければいけない局面なのです。
良くも、悪くも、楽は無い。年老いた親御様の在宅介護は、眼前に示された誰もが避けようとする最高の為すべきことですから、熱心に為されるのが投資家スピリッツです。