認知症を遠ざけるー脳の活性化?何それ。ー

 脳の活性化?

 その取組で、認知症の改善や、それ以上進行させない効果が本当にあるのでしょうか?

 脳を活性化すると称して、計算ドリル、塗り絵、穴埋め熟語、パズルといった小学校でやるようなペーパートレーニングをやらされるのが介護施設です。

 そもそも、なんですかね、脳の活性化って。

 介護施設で働いている人たちも、本当に効果があると思っていらっしゃいますか?

 もし、効果があるというのであれば、介護施設に行けば認知症は改善するはずですが、そんな話を聞いたことがありません。特養等の収容施設に入れられれば、悪化の一途を辿っているのではないですか?

 私の実母は、認知症を患い、私自身のレスパイトの必要性から、週に何度かデイサービスを利用させてもらいましたが、その手のサービスは一切、実母自身の意志で断っていました。

 理由は、バカバカしくてやってられないと。

 その通りなのです。

 よく考えてみてください。

 そのようなトレーニングで認知症が改善するとか、進行しない効果があるなら、認知症になる前から取り組めば認知症に罹患しないはずですよね。

 70歳を超えたら皆、毎日、塗り絵をする習慣を義務化すれば、日本はとっくに高齢者の認知症など無縁の世界のはずです。

 こんな当たり前のことさえも洞察できない思考停止の状態が介護の世界なのです。

ご注意
このウエブサイトで取り扱う認知症について
 あくまでも、私の在宅介護経験による観察、知見、そして介護実践での話であり、科学的、医学的な学術的アプローチにまで昇華できず、証拠、エビデンスがあるわけでありません。そのため、日本のある家庭で行われた年老いた親の在宅介護の状況として、私の主観に基づいて解説が加えられた認知症に対する日々の介護アプローチとして捉えてください。この情報をもって、認知症が治るだとか、認知症の介護が楽になるといった利益は決してもたらされないことをご理解の上、このウエブサイトの情報をご活用ください。

もくじ

脳の活性化の大間違い

 なぜ、このようなペーパートレーニングをやらせるかといえば、施設で高齢者を預かる時間稼ぎです。

 一人の介護スタッフが3人の利用者さんを目配せしないといけないとします。

 そのうちの一人が大便の排泄介助で、トイレにお付合いしないといけないとなると、残り2名の高齢者は視界に入らなくなります。人員不足の施設であれば、その時、残り2名には着座し続けてもらって何かに集中していてもらったほうが転倒等のリスクは避けられ、安全は高まります。

 そのため、≪ 脳の活性化 ≫をやってもらうというのは非常にありがたいわけです。

 そのような背景のもと、大概の利用者さんは、脳の活性化と説明するスタッフの云う事を聞いて、計算ドリルをやったり、塗り絵をやったりするわけです。

 しかし、私の実母は違いました。 

実母

『 晩年、もう死が近いのに、なぜ塗り絵をしなくてはいけないのか・・・? 』

『 ましてや小学生がやるような計算ドリルを、なぜ90歳がらみになってまでやらされないといけないのか・・・? 』

『 こんなことで認知症が進行しなくなるわけないだろう。』

  認知症を患う実母は、そのような疑問を抱きながら、介護施設のスタッフに次のような提案をしたそうです。

  その介護施設の利用を開始して2回目のことです。

名著と呼ばれる文学書を皆で輪読しませんか?

  スタッフは無反応だったそうで、それ以来、この人たちに何か言っても判らないと、提案するのはバカバカしくなりあきらめることにしたそうです。

  認知症に罹患していると、何も判らない人だと思ってませんか?

  もし、そう思い込んでいるのであれば、あなたのほうが認知に障害があります。

今が判る

 認知症を患ったら、何も判らなくなるといった理解や、説明をされたら、それは間違いであり、認識を改めてください。

 その理解は、人権を侵害し、思いやりを阻害します。

 確かに、アルツハイマー型認知症は、短期記憶を失いますが、≪  ≫はよく判ります。

 例えば、桜の花をみて、綺麗かと聞けば、綺麗だと答えてくれます。

 食事をしながら、美味しいかと聞けば、美味しいと答えてくれます。

 これが認知症を患っている人の心を理解する基本です。

 つまり、≪  ≫をキチンと判る心がある。

 この発見がとてつもなくパワフルなのです。

脳ではなく≪心≫を活性化する

 施設の事情を踏まえれば、計算ドリルも致し方ありませんが、本来やるべきは、脳の活性化ではなく、心の活性化です。

 実母が提案した名著の輪読も、実母がそれを主として狙ったわけではありませんが、その効果は心の活性化です。

 心を正しく活性化するので、脳も正しく活性化されます。

 ここが最重要ポイントなのです。

 計算ドリルのペーパートレーニングで、心が活性化するとはとても思えませんでしょ!?

 まず、≪ はじめに心ありき ≫。

 この事実をよく理解してください。

 では、実際に心を正しく活性化するにはどうすればよいのか。

 前述した≪ 今が判る心 ≫そのものを鍛えていきます。

 その鍛える方法が、マインドフルネスです。

 iPhoneに実装されているソフトウエアで導かれるものとは名称は同じですが、このウエブサイトで扱うマインドフルネスは次元も中身もまるで違うものです。

 そして、その源流がヴィパッサナー・プラクティスなのです。

 以下の書籍も参考になります。

 認知症を含め、病と心の関係について目から鱗の内容です。

 よかったら、まずは目を通されてみることをお勧めします。

 なぜ、健常者にとって認知症の理解がおぼつかないのか?

 まず、親御様が認知症を患ったとして、そのケアはまっぴらごめんと思っている腐った心根が原因です。

 嫌でしょ?

 親の介護なんて。

 だから、親御様が認知症を患ったと聞けば、認知症の理解や関心を寄せずに、施設情報をネットで集めて、すぐに施設に入れたがるのです。

 要するに、煩わしいものは捨てたいのです。

 もっとも近い位置で、認知症を理解できるチャンスであるにも関わらず、目を向けないので理解の機会を失う。

 その理解の機会を自分で捨てているにも関わらず、高齢になって認知症を患うのは防ぎようがないとまで思い込み、自分の老後を恐れ、年をとりたくないともがき、死を遠ざけます。

 結果、生きることばかりを考え、生きるとは苦という事実も洞察できず、苦しみの渦にいることすら判らずに、苦しみながら死んでいきます。

 でもね、今、もっとも苦しいのは、認知症を患った親御様です。

 その苦しさを一緒に向き合って、なんとか乗り越えようと手を差し伸べて、親の手をしっかりと掴んでやる気持ちが優しさであり、慈悲なのです。

 つまり、在宅介護の日々は、慈悲の具体的な実践であり、そうでなければ意味が無いのです。

 というのも、この慈悲がなければ、ヴィパッサナー・プラクティスは成功しません。

 厳しい言葉を織り交ぜた記事にしたのも、ヴィパッサナー・プラクティスを成功させるためには、このやさしい気持ちが必須、慈悲の心が欠かせない、それをお伝えしたかったのです。

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