在宅介護の回顧録– 初めての介護が実母、そして岳父と続いて、岳母が三度目。 –
2012年頃から本格的になり始めた私の在宅介護の経験を投稿しています。振り返ってみて、どの出来事も昨日のように思い出されるので不思議です。在宅介護に真剣に取組み、そこで得た最も大きな学びのひとつは、≪死≫とは何か。在宅介護では親はそれこそ命を懸けて子に≪死≫を教えます。人生の成功者は死を認めます。死とは何かを最大限に諭してもらえる在宅介護の機会を逃すのはもったいないことを多くの人は知りません。
-
在宅介護の回顧録
契約すべきケアマネの人間力
認知症を患った母の在宅介護をする家庭環境を立ち上げていく上で、最初に家族の結束が出来つつあるなら、外部環境の力を借りられる準備ができたと言えます。介護保険申請し、認定調査員チェックを終えると、主治医による所見が記載され、審査の後に要介護度が通知されます。その上で、もしくは、急ぐのであればその手続きと並行して、ケアマネージャーと出会っていく手続きに入ります。 -
在宅介護の回顧録
在宅介護家庭のクオリティによって介護サービス環境の質は決まる
親には尊敬の念をもって接し、大切な家族の一員として、話し合う時には常に輪に入ってもらい、役割を担ってもらうことです。親の役割といっても、認知症を患っていますから、何か作業の期待ではなく、存在が重要である理解してもらいます。これは、認知症を患っていたとしても理解してもらえます。そのうえで、介護サービスの導入を決めていくわけですが、できるだけ良いサービスの提供を受けたいのであれば、こうでなければならない、そんな鉄則があるのです。 -
在宅介護の回顧録
認知症を介護する家庭の作り方|精神的支柱として頑張ってください
認知症をはじめ、罹患するさまざまな病に対して、日本の医療と介護の体制は、世界のどの国と比較しても素晴らしいものがあります。しかし、自分の親御様にベストな医療と介護の体制は、どう構築すればよいのか。この課題に対して正解を出せるのは、介護を担うキーパーソンだけです。介護が必要な親御様に対して、誰をどのようにマネジメントして、マッチさせていけばよいのか。私の取組の出発点を公開します。 -
在宅介護の回顧録
認知症と『言われる』のが辛いです・・・
親御様が認知症を罹患したとします。ご本人は、認知症を患った現実が判らないと思いますか?答えは、ノー。認知症と診断されて、それがハッキリした時、もっともショックを受けているのは本人です。私の母の場合、日常から毅然としていた生活態度で頭脳明晰。周囲の信頼も厚かった日々を送っていました。それでも、認知症かもしれないと感じた当初、口には出しませんんが、表情にその不安が色濃く出ていました。なので、母が認知症かも?、と思った当初、怒りっぽくもなっていきました。 -
在宅介護の回顧録
認知症を介護する家庭の作り方|まずパートナーの協力を得る
説明できますか?なぜ、パートナーもまた、あなたの親御様の在宅介護に協力しなければいけないのかを。年老いた親御様の在宅介護が必要になると、真っ先に思い起こすのが、ケアマネだとか、デイサービスだとか、外部のヒューマン・リソースによる介護サービス提供です。そのようなサービス提供を受けるのも重要ですが、それより何百倍も重要なのが、最重要パートナーとの信頼関係の構築です。しかしながら、その理解がないので、介護離婚などという言葉が流行ります。 -
在宅介護の回顧録
認知症を介護する家庭の作り方|キックオフ
新天地で、新居に、しばらく一緒に住んでなかった母、お付き合いは長くても本格的な同居の無かった私と家内、もちろん、母と家内は初めての同居になりますが、そんなお三方が一緒に暮らし始め、しかも母が認知症を患っているという状態から、在宅介護が本格的に幕開けします。何事も最初が肝心です。そして、なんといってもマネジメント力が問われます。ハッキリ申し上げましょう。会社のマネジメントの方がはるかに楽です。(笑) -
在宅介護の回顧録
私の家のケース:認知症の在宅介護の始まりと奇跡
母との同居は十数年ぶりです。もうひとつ、私と家内もお付き合いは長いのですが、一緒に同居するのも実は初めてです。もちろん、母と家内は、初めての同居です。そんなお三方が、新居で、新天地で、ひとつ屋根の下に暮らし始めるのです。ちなみに、その新居は3LDKのマンションの一室です。そこに、認知症が加わるのです。親の介護なんかまっぴらごめん、という人達にとっては耐えられない環境かもしれませんね。 -
在宅介護の回顧録
認知症の確定診断
認知症を患うと自分の子供の名前さえも判らなくなるという話をお聞きするかもしれません。確かに、脳の萎縮が進行すれば、そういう状態になるかもしれません。でも、なぜ委縮するのか。また、なぜ進行するのか。もし、認知症が何も判らなくなる病気だとして、では、なぜ、初春だから今は春で構わないと考えて答えられるのか。 いろいろな疑問が当時、浮かびました。 -
在宅介護の回顧録
認知症の発症|人が変わったように見えてしまう
親族による虐待から縁を断ち切ろうと、これから母と私で一緒に暮らす新たな新居が決まり、その立ち上げに追われていた頃です。新居の準備のために、母の傍から離れなければいけない数日がありました。そのわずかな数日の間に、親族からの虐待に狙われました。その内容を今は公にしませんが、数日ぶりに会う母の様子が激変していたのです。『明らかにおかしい・・・。』 私が初めて、認知症症状に直面した瞬間でした。 -
在宅介護の回顧録
疑う力を養えよ
信じるより疑うほうが、はるかにパワー、労力が必要です。信じる方が楽だし、楽だから疑いもせず鵜呑みにするのです。常に、世界を疑ってかかれば、自分は孤独でないといけませんしね。ただ、これは死ぬまでに絶対に培わなければいけない力です。自分の子供ですら、たとえ我儘でも言ってくることを良かれと思って信じれば、彼らは騙してくるのです。次のフレーズは、よく覚えておいていただきたいのです。裏切りは、もっとも身近な人が起こす。だから辛さがあります。 -
在宅介護の回顧録
親への虐待、その罪深さを教えましょう。
本当に何も知らない、判らないというのは最悪の意味で幸せなのかもしれません。仏教をほんの少しでも学んで、ネットでも調べてみると五逆罪(ごぎゃくざい)というのがあるのを知ります。その1番目と2番目にくるのが母、父を殺害する罪だと知ります。実際に殺害していなくても、年老いた親が子に助けを必要としているのに、例えば無視をする、暴言を吐く。その行為は罪だと思いますか?、それとも罪に問われないと思いますか? -
在宅介護の回顧録
高齢者虐待とオレオレ詐欺は同じ弱点を攻撃する
令和の時代になっても絶えないオレオレ詐欺。ストーリーが巧妙になり、騙される人が後を絶ちません。当初のストーリーは、高齢の親御様の子供が、『オレオレ』といって電話をしてきて、アクシデントでお金が必要になったので用意して欲しいという内容でした。周囲からみれば、なんでそんなにも簡単に騙されるのだろうかと思ったはずです。でも、それが子を思う親の心。 確かに、こう書けば聞こえは良さそうです。でも、その心がすべての不幸の始まりです。 -
在宅介護の回顧録
虐待への静かなる逆襲
高齢になれば、身体は弱くなります。しかし、強くなるところを見落としてしまっています。それは、心です。それを清らかにして静かに虐待に対処していきます。年老いた親御様が子から虐待を受ければ、落胆するはずです。でも、それでは心が清らかではありません。たとえ大切に育てたとしても子は虐待してくるのが当たりまえ。このような観察眼が清らかな心です。動じていませんね。だから、虐待に的確、かつ有効な対処ができるのです。 -
在宅介護の回顧録
虐待を見破る目の覚まし方
やれ、孫が生まれればちょっかいを出し、カネを渡し、出産祝いをあげるわ、ランドセルを買い与え・・・挙句の果てには二世帯住宅を建てるわ、孫には生前贈与までする。あのね、そんなことしていて子や孫から尊敬されるとでも思いますか?感謝されると思いますか?もし、子や孫に対して、親がそんなことをしていて尊敬やら、感謝やらされるなら、家族全員で一丸となって最高の在宅介護をやってくれているはずです。でも、世の中を見渡してみてどうですか?現実が見えませんか? -
在宅介護の回顧録
高齢者虐待のやり口
無事に退院できた母は、当時の生活環境にケジメをつけて私との生活を希望します。 どのご家庭でも同じですが、親子の関係でも振り返ればいろいろあるはずです。しかし、助けを求められれば、二つ返事でオッケーします。同時に、母がこの決断をされて困るのが、それまで同居していた親族です。この退院から母との私の在宅介護生活が始まるまでの期間、彼らから受けてきた虐待が実に卑劣でした。その一部をご紹介しましょう。