在宅介護の回顧録– 初めての介護が実母、そして岳父と続いて、岳母が三度目。 –
2012年頃から本格的になり始めた私の在宅介護の経験を投稿しています。振り返ってみて、どの出来事も昨日のように思い出されるので不思議です。在宅介護に真剣に取組み、そこで得た最も大きな学びのひとつは、≪死≫とは何か。在宅介護では親はそれこそ命を懸けて子に≪死≫を教えます。人生の成功者は死を認めます。死とは何かを最大限に諭してもらえる在宅介護の機会を逃すのはもったいないことを多くの人は知りません。
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親と子で協力して家庭を築く
核家族化が一般的になった現代では、家庭を築くというと、ご夫婦が子供を育てるイメージが一般的です。一方で、≪介護を必要としない介護≫を実現する上で構築するご家庭は、そのイメージとは異なってきます。ご高齢になる親御様と、介護する子で力を合わせて家庭を築いていくイメージです。親も、子も、このイメージへの積極性が問われるのが在宅介護の真の姿です。 -
介護を必要としないのが本当の介護
私は三度目となる岳母の介護で、どう病を遠ざけ、生活状況を良好に保つのかに注力をおきました。結果として、いわゆる世の中のインフラ的に提供されている介護サービスとしては、病院での入院生活を除き、岳母が亡くなる2週間程度のみ最小限の訪問医療、訪問看護の提供を受けるにとどまりました。合わせて、岳母には認知症を煩わせることもありませんでした。自らのこの取組を≪介護を必要としない介護≫として、3度にわたる在宅介護経験の集大成と位置づけています。 -
欲と怒りを抑える練習ー在宅介護のアンガーマネジメント
未来に期待するほど期待通りにならない現実に落胆します。年齢を重ねるほど期待通りの将来にはなっていきません。年齢を重ねるほど、最期が近づいているのです。にもかかわらず最期の日時を超えた期待は成り立たないですよね。その最期の日時だって、明後日かもしれません。明日かもしれません。ですから、年齢を重ねるほど、期待は成り立たない。明日が最期かもしれないのに明後日を計画しても意味ないからです。つまり、死を直視した人だけが将来の期待が≪ 成り立たない ≫事実を理解します。 -
欲と怒りを抑える練習ー親は子に裏切られて目を覚ます
ご存じでしょうか?裏切りは、最も身近で信頼を寄せた人が起こします。実の子でも親を裏切ります。裏切る方が悪い。しかし利口か、馬鹿かで言えば、裏切られる方が馬鹿なのです。親子、きょうだい、夫婦、ビジネスの現場でも同じです。若ければ馬鹿さ加減をバネにして再起を図ります。成功者の多くが裏切られる経験をするのも次のステップに向けて脇の甘さを無くすためです。そして老いて訪れるのが高齢者虐待です。この裏切りだけは最悪です。裏切られた親はすでに若さ、気力、体力、経済力を失っています。 -
欲と怒りを抑える練習ーまず期待をやめる
本当の一流の人は、明日に期待をしていません。そうではなく、今日にベストを尽くしています。ですから結果として、期待以上の明日を生きています。では、今日にベストを尽くすうえで、何をすればよいのか。ですから、常にこのウエブサイトでは伝えさせてもらっていますよね! もし、年老いた親御様の在宅介護をする機会が巡ってきたら、それはチャンスだと。そこにベストを尽くしてください。 -
命が心そのもの
命こそが、心そのものです。なぜなら、命とは、常(つね)としていないからです。赤ちゃんを見ていてわかるように、さっき笑ったかと思えば、今、泣き出します。このように、心はいつも変化しているのを発見できます。その変化のスピードもさることながら、そのタイミングごとの種類も異なります。嬉しさだったり、悲しさだったりします。つまり、心とは感情そのものであり、感情が反応に応じて常に変化していきます。心は、常に変化しながら生まれては滅していく機能というのが肝心なところです。 -
命とは≪ 反応 ≫です
≪命≫が人生を創造する。これが理解できれば、命を鍛えると人生はより良くなると想像できます。世の中で、よく因果応報という言葉を聞きませんか?よい原因をつくれば、よい結果が返ってくるこの自然の法則ですが、上手に使える人はあまり見かけません。もし、そのような人ばかりの世の中になれば、いじめや戦争は無くなりますからね。命を鍛えるとは、良い結果づくりを上手にできるようにするプラクティスです。 -
≪命≫=≪生きている私たち≫-≪ご遺体≫
命とは、亡くなったご遺体と、生きている私達の比較、つまり差分によって鮮やかに浮かび上がります。≪命≫=≪生きている私たち≫-≪亡くなったご遺体≫命はこのように相対的に発見するのが最初の一歩、というお話は、岳母も納得してくれました。では、そもそも、≪ 命 ≫とは何か。岳母との会話は続きます。 -
生死のレッスン
≪誰もが例がなく、死に向って生きているのか?≫この現実に、がっかりされた岳母にある提案をします。 ≪死を乗り越えてみませんか?≫≪そんなことができるのか?≫≪はい。肉体が朽ちていくのは仕方がありませんが、もちろん、できます。≫興味を持ってくださった岳母に、まずお伝えしたのが生死のレッスン。その最初が、命の発見です。 -
死を避けたいですか
岳母との会話のテーマは≪死≫へと移っていきます。そもそも本能と理性の話の本質はこの≪死≫が中心です。なぜなら本能とは≪死にたくない≫衝動です。しかし理性はその衝動を超越し≪死を認める≫。死を認められるから、苦しみを当たり前のものとでき、苦しまずに最期を迎えます。在宅介護の時間を最高に有意義にするならば、≪死≫は必ずマスターしなければいけないテーマです。 -
死が本能の無能さを教える
岳母が≪介護で子供には迷惑をかけたくない。≫と発言された時です。私は≪堂々と介護されてください。≫と伝えました。そもそも、親が子に堂々と介護をさせるのは、あるべき在宅介護の姿です。この姿勢は実母の教えです。なぜなら、親は堂々と最期を迎えていく姿勢を子に示さなければいけません。これは死を遠ざけ生に執着していては出来ない姿勢です。 -
在宅介護は理性を伸ばす
年老いた親御様の介護から逃げてしまう行為ほど、その後の人生は、計り知れない損失を招きます。嘘だと思われるのなら、ぜひやってみると良いです。取り返しがつかないこともお伝えしておきます。理由は、理性の成長が終わり、本能の支配から逃れられない人生を歩むためです。本能の支配から逃れられない生き方は、苦しみです。介護から逃げまわる人は、これが判らないので残念なのです。 -
在宅介護が教える≪真の成功者≫とは?
残り数十年の人生で、カネさえあれば幸せと思う≪偽の成功者≫と、時間さえも超越する財産を携える≪真の成功者≫が存在します。その違いは、前者が本能で生き、後者が理性で生きた結果で示されます。昨今では週刊誌が、本能のままに野生の雄ライオンに似たような生き方をしてきた有名人の私生活を可視化してくれてもいます。人生の成功者になる。その真のあるべき姿に在宅介護は導いてくれるのですが、それに気づける人は極めて稀です。 -
在宅介護 事始め・5つのステップ
ホント、中身が軽いんですよね。レベルが低いというか。人生は≪手放す≫、なんて誰もが口にする時代。しかし、せいぜいモノの断捨離です。本当に手放すというのは、対象物を手放すのではありません。対象への≪愛着≫を手放します。モノへの愛着はもちろん、親と子の関係にある愛着、そして身体への愛着。実りある在宅介護は、それら愛着を手放していくプロセス。そのやり方の準備が、この5つのステップです。 -
時代が変われば介護も変わる
そもそも、在宅介護の主役は誰か?私の答えは、親御様の介護をする子供。この人達が主役です。介護されるご高齢の親御様がいらっしゃって成り立つ役割です。しかし、在宅介護を終了した時に、親御様はこの世界に存在しません。在宅介護を完遂した果実は、その責務を果たした子に宿るからです。